世界各地の参考にしたい個人住宅を順次紹介していきます。
住宅展示場で実物を見る前にイメージを膨らませ、あなたの家づくりのヒントにしてください。
【第21回】自然を楽しむ北欧モダニズムのキャビン(山小屋)
斜面の中に建つ黒い外観。自然を満喫するノルウェーらしいシンプルな建築物。
2019年1月

白夜の国の夏のキャビン(山小屋)
北欧の国、ノルウェーの東端にあるアウストアグデル県の町、リーセル。ユトレヒト半島とスカンジナビア半島が向かい合う、スカゲラック海峡に沿うように位置し、たくさんの小さな湖や丘に囲まれている。海岸線が美しく観光客も多く訪れる町である。特に夏の木造ボートのフェスティバルが人気だが、工芸製品の産地としても知られている。リーセルの町の中には12の村がある。その村のひとつ、ニーペにあるのが今回紹介する住宅だ。「夏のための小さなキャビン」または「ニーペのキャビン」と呼ばれている。
ノルウェーでは、6月から8月が夏であり、また有名な白夜の季節でもある。水平線ギリギリまで低いところに太陽がとどまって沈まず、暗い夜は訪れない。ノルウェーを代表する画家、ムンクは白夜の風景を繰り返し描いている。たれ込める低い雲、赤い夕陽、湖の側でダンスをする人々等。そのようにノルウェーでは、白夜の夏を皆それぞれの仕方で過ごし、自然を満喫している。この家が立つのもノルウェーらしい切り立った岩場の斜面だ。この住宅もそうだが、ノルウェーの建築はスマートかつシンプルなものが多くみられる。
建築家コルビュジエ風のモダン空間

全面ガラス張りで透明感がある。

建物の1階はピロティ部分となっており、
丸窓のあるコンクリートの小部屋は
寝室と浴室で建物の支えとなっている。
斜面の側から見るファサードは、有名な建築家の設計した住宅をどこか連想させる。それは、モダニズム建築の巨匠、ル・コルビュジエの設計した20世紀建築の傑作の一つとして知られる、「サヴォア邸」である。サヴォア邸は一階をたくさんの細い柱で支える、いわゆるピロティ※になっているが、この家では構造として10本の柱だけでなく、支えになる円柱形の小部屋が二つある。これを合わせてピロティになっている。支えのひとつはバス・トイレ、もう一つは寝室だ。いずれも小さなつくりで、三方向に船窓のような丸い窓が開けられ、二つは隣り合う配置になっている。
※ピロティとは、2階以上の建物で地上部分が柱を残して空間となっている建築形式で1階部分のこと。
住宅では車庫や倉庫として利用されることもある。


このピロティ空間は収納として使われ、また、ハンモックを吊るして休むことにも使われるという。その奥にあるコンクリートの階段から上層へとつながっていて、二階のデッキに出たところがエントランスとなっている。ピロティ形式にしたのは環境として周囲のランドスケープ(風景)をできるだけそのままにしたいという施主の要望があったからである。

室内と室外からでも使える白い暖炉が印象的。


二階は外から見るとガラス面と黒い木製の壁面、それに室内と室外、両面から使える白いレンガ積みの暖炉が見える。モノトーンでクールな印象だ。内部は通り抜けのできるクローゼットと北側にはベッドルームとトイレ、そして寝室やラウンジにも使える多機能のエリアに分けられる。これに対して南側がワンルームとしてキッチン、ダイニング、リビングをまとめている。
建物中央の上には天窓があり、自然光を取り込むことで室内を明るくする。クローゼットの裏側の空間はベンチシートがしつらえられ、ここに腰掛けて窓から見える風景を楽しむという趣向もあり、ちょっとした展望室のようになっている。また寝室としても使うことができる。
このスペースの両側にあるスライド扉を使って仕切れば、寝室側とリビング側の間のプライバシーをさらに限定することができる。スライド扉を使っての室内の間仕切りはノルウェーでは昔からある居住のしつらえだという。ノルウェーではひとつの家をシェアして住むことが当たり前のように行われている。この家に多機能なスペースがあるのも、そうしたシェアの意図を含んでいるのかもしれない。
北欧らしいシンプルで落ち着いたインテリア

白、黒、ベージュと茶系で統一されているインテリア。

周囲の松林が見える。
インテリアは、いかにも北欧デザインらしく、使う色の数をしぼってモノクロに近い、白、黒、ベージュと茶系で統一されている。素材もガラス、木、スチールのみだ。家具はボックスタイプの収納をカスタムメイドして小振りでシンプルなデザインである。椅子は既製品であろう。照明のシェード、スイッチボードも白だ。夜が長い国、ノルウェーは室内の生活が多いために長く使えて飽きのこないインテリアが多く、日本人の趣味に近い部分がある。シンプルでナチュラルなモダニズムは一貫しており、寝室は壁面を造り付けの収納として、腰のあたりだけ水平の窓があるのもコルビュジエのサヴォア邸を連想させる要素で、そこからは周囲の松林を見ることができる。
アウトドアを楽しむ工夫のある家

岩盤の上の「キャビン(山小屋)」の床面積は約88平方メートル。日本の賃貸でいうなら3LDKか4LDKにあたり、ゆったりしたリゾートホテルの客室くらいの大きさだが、ヨーロッパで建築家に設計を依頼する建物のレベルとしては規模の小さな住宅と言えるだろう。モダニズム時代のシンプルな住宅そのままの構成で、浴室やサブの寝室をコンクリートの支柱としてピロティの一階に集約し、居住空間は多機能としてワンルームのように使うことを考えてシンプルで小さくつくられている。屋外での活動を視野に入れ、デッキや造り付けのコンクリート製のベンチ、屋外でも使える暖炉を備えている。
日本でも近年はアウトドアライフを楽しむための工夫を生かした住宅が出てきている。テラスを大きくとり、その上にルーフをかけてそこにテーブルセットを置いて屋外での食事をしやすくしたり、キッチンを窓側に開くようにしたりと、外部との連続を自然にしたレイアウトや設備にも関心が集まっている。アウトドアは夏だけでなく四季折々の良さがある。それぞれのシーズンをどう過ごしたいかを考えて展示場の住宅を見るのも楽しいだろう。
- Source: https://www.archdaily.com/906261/cabin-nipe-lie-oyen-arkitekter?ad_medium=gallery
- Title: Cabin Nipe
- Architects: Lie Øyen Arkitekter
- Architect’s official site: http://www.lieoyen.no
- Location: Norway
- Area:88.0 m2
- Project Year:2015
- Photographs: Lie Øyen + June Kathleen Johansen
- Japanese Original text: Masaaki Takahashi